日本鍼灸の技術革新と科学化

 我が国の伝統医療である鍼灸は、6世紀以降に中国から伝えられたものである。1,500年あまりの年月の中で我が国独自の技術革新、医学革命、科学化がなされ発展している。

我が国における17世紀の鍼術の技術革新(第一次技術革新)

17世紀の後半、「痛くなく刺鍼をする」という技術において、視覚障害のあった鍼師である杉山和一は(1,610〜1,694)、鍼管という管を用いて、痛みを感ずる皮膚を瞬時に鍼を通過させるという画期的な方法を創案した。これは鍼術における大きな技術革新であり、刺鍼法を一変させ日本独自のものとして発展させ今日に広く伝えられ行われている。この杉山和一による刺鍼法の技術革新は、その後の日本の鍼の特徴を方向付けた。

日本の鍼の特徴

1 道具としての特徴 道具として用いる鍼は、細く繊細なものとなっていった。

2 刺鍼作業の特徴 刺鍼の部位を手指で入念に触察し、刺鍼し刺激対象とする組織、器官を特定する。鍼をもつ手と反対の手を「押手」として用い、刺鍼作業を安定させ、刺鍼中の生体反応を触知させる。

3 生体作用の特徴 「痛くなく」、「軽微な刺激」を用い生体機能を整える。

日本の鍼の特徴と視覚障害者

 17世紀における鍼の技術革新を行った杉山和一は、視覚障害者であったが鍼の名人となり、徳川幕府の5代綱吉将軍の鍼侍医であった。触れて生体の反応を観察するという刺鍼技術は視覚障害者に可能な治療技術となっていた。 徳川幕府は、杉山和一の業績を高く評価し、屋敷を与え、幕府公認で「鍼治講習所」という鍼灸の教育機関を1683年に開設させた。「鍼治講習所」は、1871年(明治4年)に明治政府が閉鎖するまでおよそ200年間、視覚に障害のある人と障害のない人をも含めて、鍼灸、あん摩の教育を行った。 1683年に開設され、視覚障害者に鍼灸、あん摩の職業教育を行った「鍼治講習所」の業績は、ヨーロッパで障害者に職業教育を行うより100年早いものであった。 この「鍼治講習所」における視覚障害者に対する鍼灸、あん摩の教育の実績と伝統が、今日まで我が国の視覚障害者教育に大きな力となっている。 我が国は、1880年代に盲学校を開校し、職業教育として鍼灸、あん摩の課程を設置し、今日まで視覚障害者の職業自立を図ってきた。世界で日本のみが視覚障害者の鍼灸業を可能にしてきたが、杉山和一による鍼術の技術革新による日本の鍼の特徴と「鍼治講習所」における教育の実績と伝統が大きな礎となっている。

明治維新(1867年)における我が国の医学革命と鍼灸の変革(第二次技術革新)

我が国の明治政府は、それまでの中国系医学からヨーロッパ系医学に医学革命を行った。鍼灸もその影響で、中国古代の医学体系を捨て、近代医学化が図られた。

 

1 明治(1880年代)における鍼灸の近代医学化 1880年代に日本には盲学校が開校され、「鍼治講習所」の名残から、関係者に鍼灸、あん摩の教育への期待が高まった。しかし、明治政府の方針は中国系医学の廃止であったために、明治政府は、視覚障害者の職業自立のために中国系医学体系によらない近代医学化した「鍼灸、あん摩教育」が盲学校に職業教育として位置づけられた。

2 明治時代の鍼灸の近代医学化の特徴

2−1 中国古代医学体系から近代医学体系に改革した。
 近代医学の基礎医学、臨床医学に経絡経穴、鍼灸の実技をのせたものとなった。極めて不完全ではあったが我が国の鍼灸は、近代医学の体系化が図られた。

2−2 生体機能を主体とする経験医術から物理的刺激を用いる刺激療法になった。
 それは鍼灸医学、あん摩医学としての体系を捨てたものであったために鍼灸・あん摩という物理的刺激による刺激療法となったものである。

2−3 近代医学の理学的検査を導入し、鍼のねらい打ちできる特徴を生かした、痛みを主訴とする運動器系愁訴に対する勝れた治療法となった。
 経験医術の真髄である生体機能を主体とするところは置き去りにしたけれども近代医学体系としての第一歩の改革がなされた。

我が国の平成(21世紀)における鍼灸の科学化と革新(第三次技術革新と科学化)……そして自然鍼灸学の提唱

経験医術の真髄である「身体の治す力」、「生体反応の方向性への指示」が近年の私達の研究で科学的に解明された。今、我が国の伝統医療は、世界で初めての経験医術の真髄を備えた近代医学体系による「鍼灸学」が誕生しようとしている。自然鍼灸学の提唱である。
 経験医術の真髄を生かした近代医学体系による鍼灸学の革新:生体機能と環境との関わりの科学的解明(医歯薬出版:臨床鍼灸学を拓く、臨床鍼灸治療学)。 経験医術は自然療法である。自然との関わりの中での生体の仕組みが治療の根底にある。

@ 自律神経機能と環境との関わり
・交感神経機能と重力・副交感神経機能と呼吸リズム

A 自律神経機能と刺激受容の場、そして反応の方向性
・交感神経の刺激受容の場と反応の方向性・副交感神経の刺激受容の場と反応の方向性

B 交感神経反応と副交感神経反応との関係
・交感神経反応は副交感神経反応を制御する。・副交感神経反応と交感神経反応はパラレルに動こうとする。

C 生体の調節機能を高める反応の解明

D 自律神経機能を指標として生体機能を主体とする治療法の体系化

刺鍼時の生体反応(自律神経反応)

鍼刺激の生体反応は次の通りである。

皮膚・皮下組織刺激

皮膚・皮下組織刺激では、主として心地よい刺激では副交感神経機能を高める反応が起きる。一過性の痛み、精神緊張を伴う刺激では、副交感神経機能抑制反応、交感神経α受容体系機能亢進反応が起きる。

骨格筋刺激

骨格筋刺激では、痛みのない状態で副交感神経機能亢進反応(皮膚刺激反応)、交感神経β受容体系機能抑制反応が起きる。交感神経α受容体系機能亢進も起きる。痛みを伴う刺激では、副交感神経機能抑制、交感神経α・β受容体系機能亢進反応が起きる。

刺鍼時反応と生体機能との関わりによる反応

刺鍼時反応と生体機能との関わりによる反応は次の通りである。

メカニズム4

副交感神経機能と刺鍼:患者の姿勢を坐位で皮膚・皮下組織に軽微な刺激を15呼吸回数程呼気時に与えるとそれにより生じた副交感神経機能を高めた反応が呼気時における生体の副交感神経機能が高まっている反応と同期し生体の副交感神経機能を高める。この生体の副交感神経機能の反応に交感神経機能が同調することによりその結果、自律神経機能全体を高め、生体の調節力が大きくなり、調節しきれないひずみを改善させる(メカニズム4)。

メカニズム5と6

交感神経機能と刺鍼:低周波通電刺激(合谷−孔最)を10分間以上、患者の体位を臥位で行うと解けない過緊張を解く(メカニズム6)。同じことを刺激を受ける姿勢を長坐位で行うと低下して高められない機能を高める(メカニズム5)。この二つの反応は交感神経機能を主体にして起きるものである。  メカニズム5・6は、低周波刺激により自律神経機能の変動しやすさをつくり、臥位の状態で行うメカニズム6は、臥位の姿勢が解けない過緊張を解くものである。また、メカニズム5は、坐位の姿勢が高めにくい交感神経機能を高めるもので、姿勢が反応の決め手となっている。 メカニズム5は、高めにくい交感神経機能を高めるが、この交感神経機能の高まりに副交感神経機能が同調する。この結果、自律神経機能全体が高まり、メカニズム4と同様に生体の自然治癒力を高めることとなる。 交感神経活動は、副交感神経活動よりも強力である。メカニズム5による自然治癒力の高まりはメカニズム4によるものよりも強い。 メカニズム6は、過緊張を解くという方向に生体機能反応に方向性を与える。メカニズム5は、高まりにくい生体機能を高める方向に導く。機能低下に対して用いられる。

鍼治療は生体の仕組みを活用する

鍼治療は呼吸リズムや体位を活用して治す力を高め、自律神経反応に方向性を与えて身体の不調を改善している。

治療の基本的仕組み

@ メカニズム4(呼吸の回数で1015回)

A  症状や治療対象部位への種々の局所刺激

B メカニズム5もしくは6による生体反応への方向付け

C メカニズム4

参考文献

1「臨床鍼灸学を拓く」(医歯薬出版)西條一止
2「臨床鍼灸治療学」(医歯薬出版)西條一止