2月16日 西條一止、人生の最終コースの選択

1945年(昭和40年)、我が国で理学療法士、作業療法士がスタートした年です。
鍼灸、手技の世界も資質向上、教育レベルの向上が叫ばれていました。
このとき、鍼灸の教員として
26歳で職業人生をスタートしました。
1971年(昭和46年)、東京教育大学の助手として研究者として本格的にスタートした時、中国のハリ麻酔報道がニューヨークタイムスにより世界に発信され、世界の医学界の注目を集めました。
世界的に鍼灸への関心が高まり、大学、病院のどこかで鍼灸についての研究が行われるという状況になりました。
鍼灸の研究の推進、教育レベルの向上が叫ばれ、鍼灸も高等教育機関時代が到来し、
1978年(昭和53年)に我が国初めての鍼灸の高等教育機関として明治鍼灸短期大学が誕生します。
現在の明治国際医療大学です。
1983年(昭和58年)には4年制の明治鍼灸大学に昇格します。
1987年(昭和62年)、国立大学として筑波技術短期大学がスタートし国立大学の鍼灸学科教授大1号として私が赴任しました。
私は
49歳でした。
1999年に61歳で当短期大学の学長になり4年制大学の昇格を目指し大学をあげて努力するわけです。

1971年のハリ麻酔報道による社会的気運の高まりは、いろいろな状況に影響し、NHKテレビで番組として取り上げられることが多くなりました。
2005年頃まで、約30年間そんな時代でした。

 NHK「クローズアップ現代:アレルギーに効いたーハリ治療最前線ー」

  1994615日放送

NHK「ニュース7」:鍼、1994921日放送

NHK「ためしてガッテン」:第1回、私がゲストでした。1995329日放送

NHK「生活ほっとモーニング」には、毎年数回出演しました。

ここ数年間はNHKに鍼、つぼなどの番組はほとんど放送されません。

社会の関心の度合いは全く低下しています。

このような社会の状況が、鍼灸学校への応募者減を招いています。
高等教育への進学率が高まり医療関係職種への関心が高くなることが、逆に医療関係であるようで保険診療に含まれない鍼灸への関心を低下させています。

鍼灸の学校は学校数が増えたけれども、このところ日本全体での入学者数は減少しています。
今こそ、鍼灸教育の資質向上を図り、本来の魅力を高めなければならないときです。
しかし、鍼灸学校は、応募者を増やす方法として「スポーツ」、「美容」などの人気を活用するなど、本来の鍼灸教育の向上からは離れたところにしか目が向いていません。
この船団はどこへ向いているのかしらという思いです。
生涯を教育、研究、臨床の資質向上を目指してきた私の目標とは異なるようです。
人生の方向だけは間違えないよう選択します。