2月2日 集団としての賢さ

体罰と暴力の違い。皆分かっているはずですね。

怒る、誰にでも当然起きることです。
怒らないことなど生きていたらあり得ないと思います。
しかし、体罰を必要と考えるときには、怒りの心を静め冷静に相手をよく見て行います。
事故など起こりません。
問題になっているのは、やはり怒りにまかせて、その勢いで手を上げているのだと思います。

園田監督が、選手が集合時間に遅れてくるなどの時にとも語っています。
当然何らかの指導が必要なときです。
桜宮高校でも副顧問の教員がいました。
しかし副顧問は顧問の教員に対して何も言えなかったといっています。

スポーツ競技は勝つか負けるかの戦いです。
オリンピックは参加することに意義があるといいます。
しかし実際は、金メダルなのです。
暴力が日常化しているのです。
今回キャプテンが自殺した桜宮高校で在校生、父兄の多くは顧問を支持しているような報道があります。一
流のスポーツマンになりたいと言う夢が、そのような素地をつくっているものと思います。

スポーツ界の体質を変えるのは容易なことではないと思います。
集団としての賢さを求めて行くことが重要です。
個人として行き過ぎになりそうなところを集団として踏みとどめられる賢さをつくることです。
集団としての賢さをつくるには、個人の責任を明らかにする体質です。
集団として問題点を指摘できることです。
これは勇気のいることです。
勇気をみんなが支持して育てることです。
事なかれ主義で見て見ぬふりをする。
学校におけるいじめも根は同じです。
問題ときちんと向き合おうとする気持ち、気力です。
見て見ぬふりは今の社会に蔓延しています。
一人一人が解決しなければという気持ちになって集団のメンバーにならなければ解決になりません。
集団としての賢さを作れないことが問題を野放しにしているのです。

私たちは一人一人はそんなに強くないのです。
みんなの目がみんなの思いが一人一人を強くします。
なくさなければならないのは事なかれ主義です。