4月16日 風評被害

今回の大震災に沢山の人々からの支援が義援金であったり、ボランティア活動であったり、世界の多くの国々、各地から、続々と支援の手がさしのべられていることが連日テレビ、新聞で報じられます。
日本の国、地方自治体はもちろん全力を挙げて対応しています。

しかし被災された人たちの生活は大変です。

善意の手が沢山さしのべられる一方で、風評被害という言葉が、テレビで盛んに伝えられるようになりました。
今回の福島第一原発による放射線災害によるものです。

地震も津波も火災も水害も一般的な災害は、見たり、聞いたり、感じたりできます。恐ろしさを実感できます。
しかし、放射線は私たちの感覚器では感じられないのです。
恐ろしさが分からないという恐ろしさがあります。

震災後、外国の人たちが多く帰国されました。治安のよくない国にはとどまりたくない。

農産物、海産物に対する放射線汚染として商品化できない。
これは災害ですから国が保障の手をのべなければなりません。
国の基準に照らして汚染されていないと判断されるものも危険かもしれないとして流通ルートに乗れない。
価格破壊を起こしてしまう。これは人災ではないでしょうか。
生産者に大きな打撃を与えます。倒産させます。食品は需要と供給のバランスで商売が成立します。
生産者も消費者もバランスの一端を担っています。風評被害は消費者がバランス義務の放棄をしています。
そんなことをいっても不安なものは食べられない。というでしょう。
日本人として、日本政府が決めたことに従わないことは、国の仕組みを崩します。
天災による災害をさらに人災により大きくします。東日本大震災に支援しようという動きと矛盾します。

風評被害を克服するには、自分に及ぶかもしれない危害を避けようという気持ちを、起きるかもしれない危害があっても、みんなと共に分かち合うしかない。
と考えるしかないのではないでしょうか。
地震の後、ペットボトルの水がお店からたちまちなくなりました。
「分かち合う気持ち」、福島第一原発の放射線汚染をどう私たち一人一人が受け止めることができるかが問われています。